熊野筆の歴史

古くは江戸時代まで遡る熊野筆の歴史

熊野筆の歴史は天保・弘化の頃に製筆の技術が伝えられた事に始まります。

熊野の地は小さな盆地で農地が狭く、農閑期には吉野地方(奈良県)、紀州地方(和歌山県)へ出稼ぎへ行っていました。

そうして得たお金で吉野地方で作られた筆や墨を買い入れ、行商をしながら熊野へ戻ってくるうちに筆との深い関わりができていったのです。

3人の若者によって育まれた筆づくり

1835年(天保5年)に佐々木為次(ささきためじ)という若者が摂津の国(兵庫県)有馬へ行き、4年間筆の作り方を学び1839年(天保9年)に熊野の地へ戻ってまいりました。

また、1846年(弘化3年)には井上治平(いのうえじへい)が広島浅野藩の御用筆司(ふでじ・筆づくりの仕事をしている人)から筆づくりの技術を学び、同じ頃乙丸常太(おとまるつねた)が摂津の国有馬で筆づくりの技術を学びました。

3人は筆づくりの技術を熱心に村人に教え、彼らの熱意と村の人々の努力により筆づくりは熊野の地に根付きました。

こうして広がった筆づくりが明治時代に学校制度ができたことにより、筆の需要が高まり筆づくりは産業として大きく発展しました。その結果筆づくりに関わる人は増え、たゆまぬ努力でより良い筆が作られることになったのです。

全国一の製造量を誇る熊野筆

熊野の筆づくりは地域を支える産業として発展していきました。

戦後書筆の需要は減退しましたが新たに画筆や化粧筆などを開発し、1975年には経済産業大臣指定伝統的工芸品として指定を受け、今では全国一の製造量を誇ります。

参考

  1. 熊野町史 通史編(発行:広島県安芸郡熊野町)
  2. わたしたちの熊野町(発行:熊野町教育委員会)